青森県深浦市 千畳敷海岸

kikuyuki2006-10-10

抜粋からはじめると、この地を太宰治は「津軽」でこう書いていた。

風景というのものは、眺められ形容され、謂わば人間の目で舐められて軟化し、飼われなついてしまって、高さ三十五丈の華厳の滝においても、やっぱり檻の中の猛獣のような、人臭い匂いが幽かに感じられる。

自然に対する人臭い、って表現がすごくおもしろくて、でも分かる気がして、津軽に行ったら尚のこと人臭さを語ったこの一文がすきになる。竜飛は風景でない、と言い切った所とか、すごくすき。
現実の話に戻ると、初日に宿泊したのは「望洋館」という民宿。
千畳敷という土地は、西海岸の観光客用列車は止まらない駅だが、その景観の美しさから「リゾートしらかみ号」はゆっくりと運行する。
なかでも夕日がきれいに見える時間、は最高らしいが、その日は雨でお目にかかれなかった。
素敵な素敵なご主人で、素敵なご家族で、絵に書いたようなアットホーム。

謂はば全国到るところにある普通の「風景」

と、そう深浦のあたりのことを書いている太宰。千畳敷海岸はこれ。↓
人はこの岩に名をつけたりしている。この辺りに来た人は皆写真など撮って親しんでいる。それを太宰曰くの、この辺りの「人間に舐められた自然」というのだろう。
私は津軽で二つの美術館に行き当たり、ここを冷たくも暖かくも描かれている作品を何枚か見た。絵で見ても素敵だなぁと、そんな感想ばかりだったけれど。

この深浦近辺のことは、小説「津軽」の中で地理的なことを記述していて、その部分を取り上げた記念碑が千畳敷駅前、民宿望洋館の横に建てられていた。
↓このあたりの文章。

この辺の岩石は、すべて角稜質凝灰岩とかいふものださうで、その海蝕を受けて平坦になつた斑緑色の岩盤が江戸時代の末期にお化けみたいに海上に露出して、数百人の宴会を海浜に於いて催す事が出来るほどのお座敷になつたので、これを千畳敷と名附け、またその岩盤のところどころが丸く窪んで海水を湛へ、あたかもお酒をなみなみと注いだ大盃みたいな形なので、これを盃沼と称するのださうだけれど、直径一尺から二尺くらゐのたくさんの大穴をことごとく盃と見たてるなど、よつぽどの大酒飲みが名附けたものに違ひない。

  
ここも、太宰ゆかりの地だと知ったのは後の話で。
もっとも、ほんの数日過ごしただけで「ゆかりの地」で、この千畳敷の記念碑記以外にも深浦駅には記念館がある。津軽全域、太宰治の地だ。渋沢栄一くらいしか偉人のいない埼玉県に文学者が埼玉を語っていたら、あちらこちら像がたっていたのかもしれないなー、なんて思ったりした。